2012年4月24日火曜日

『KG社会学批評』 創刊!



『KG社会学批評』がいよいよ創刊となりました。



本誌は、関西学院大学先端社会研究所および同大学院社会学研究科のご支援を受けつつ、2012年3月に刊行されました。改めて、本誌創刊に直接・間接にご協力いただいた皆様に、編集委員より御礼を申し上げます。


本誌は2008年から2011年まで刊行されていた『KG/GP社会学批評』のスタイルを引き継ぐかたちで創刊されました。よって、『GP批評』に続いて、本学社会学研究科大学院生による「査読付書評論文」が雑誌のメインコンテンツとなっています。創刊号となる本誌では、社会的うつ病/宝塚ファン/戦争体験/いじめという多様なトピックが、それぞれ、生きづらさ/集団の構築性/歴史記述/支配関係、という評者独自の社会学的視点を踏まえた論文として記されています。



また大学院GP を経た後も、大学院生・研究員による独自の「共同研究」が続けられてきました。「エッジの社会学-ソーシャル・ワイズの探究 研究会」「メディア・文化のインターセクション研究会」「“Fogbound Society”研究会」。いずれも、当研究科院生のみならず、他大学院の院生・研究員、教員との交流を持ちつつ、1年間、勢力的な活動を行ってきた研究会です。「書評論文」と並ぶ、「特集」には、各研究会の代表によるイントロダクションと、研究会のテーマに沿った自由投稿が収められており、各共同研究を来年度にかけて更に展開していくための中間報告を兼ねた、いわば「事始め」となっています。書評論文と合わせて、読者諸氏の忌憚なきコメントをお待ちしています。 


創刊号の目次はこちら

2012年3月7日水曜日

ブックガイド:「日本文化受容から見た東アジアの国々における社会生活の変化」




谷川健司・王向華・呉咏梅 編
『越境するポピュラーカルチャー―リコウランからタッキーまで』(青弓社、2009)
(画像:青弓社ホームページより)

本書は、東アジアにおけるポピュラーカルチャーの越境に関する事例を挙げ、日本のポピュラーカルチャーの受容過程を解き明かすことを目的とした本である。
 初めに、編者の谷川によると、「本書で取り上げている7編の論文は、2007年と2008年に行われた2つのパネルとワークショップの共通した枠組みである“東アジア地域における日本の大衆文化の受容”というテーマのもとで、主に時間軸に着目して、歴史学的視点でポピュラーカルチャーの受容プロセスを解き明かし、現在の状況を理解しようとするものである。そのほとんどの論稿は日本で生まれたポピュラーカルチャーを『受容した側』に軸足を置いている」(p.10)とされる。
 本書では、それぞれ異なった背景を持つ著者達が、個人的な経験を参照しながら、国々における「越境するポピュラーカルチャー」を描いている。・・・ブックガイドの続きはこちら

範 楉煒(はん・じゃくい)
(関西学院大学大学院社会学研究科)



2012年1月31日火曜日

書評誌刊行準備中!その②

新書評誌編集委員です。着々と書評誌刊行にむけた準備が整っています。
今回の書評誌デザインを担当するのは、デザイナーのソン・ジュンナン氏です。
(彼の詳しいプロフィールはこちら http://www.junnam.info/ )

先日、編集委員のIが、神戸元町高架下のプラネットEarthでミーティングを行ってきました。
(プラネットEarthのHPはこちら http://xn--earth-9r4d9a0b3fui.jp/planet.html)

こちらの企画案やコンテンツについてきめ細かな点まで考慮いただき、ひとつひとつの点に
拘りをもたれてデザインいただいています。今回の書評誌にあたって、どういった
コンセプトで取り組むのがよいのか、イラストのこの部分に込められた意味とは何か・・・
そういった細かな点について、担当者と、数時間にもわたって、話し合いがもたれました。

大学院GP時代にまけない「書評」雑誌をつくる!と意気込んでいたときには思いもがけない、
デザインを通じた、人間の感性、あるいは美的なものついての話し合いに、普段の大学院生活
では得られない刺激的な時間となりました。

さて、その肝心のデザイン!ですが 本当は3月の創刊まで非公開とすべきところを、ソンさん
ご自身の許可もいただけたこともあり、今回は「ラフスケッチ」のみ、公開とさせていただきます。




いかがでしょうか?! ソンさんには表紙以外にも、裏表紙、中扉絵のスケッチを
依頼させて頂いています。ぜひ3月の創刊をお楽しみに!

2012年1月19日木曜日

書評誌刊行準備中!その①

新書評誌編集委員です。院生・研究員を中心にしたポストGP企画も、いよいよ活動初年の年度末を迎えています。

初年度の集大成として、先端社会研究所と社会学研究科の支援の下、発刊が進む書評誌『KG社会学批評』(タイトル決定!)も、いよいよ創刊にむけた大詰めの作業を迎えています。メインコンテンツは、社会学研究科博士課程に所属する大学院生の書評論文です。

昨年にエントリー募集のお知らせを行った書評論文は、社会学研究科+先端社会研究所+院生・研究員の代表からなる書評誌編集委員会での厳正なる査読の結果、最終的に4名の掲載が決まりました。


これに、ブログでもお知らせしている各共同研究にかかわる論考集が「特集」として加わることが決まっています。

こちらにも、関学院生のみならず、3つの共同研究班の1年間の活動を通じて繋がった他大学の若手研究者の方々よりご寄稿いただいた力作が、続々と集まっています。上の書評論文と併せて、どうぞご期待ください!

追って、続報もあります。

2011年11月17日木曜日

フィールドから見えるもの②

日常に織り交ざる声―松山「俳句甲子園」―



夏といえば甲子園。ただ、高校野球ではない、競技は「俳句」だ。「大街道商店街」は、松山城のふもとに広がる旧城下町・松山市中心街にある全長約500mの大きな通りである。衣食住さまざまな店舗が入っており、生活の中心ともいえる商店街である。しかし、ここは8月になると真夏の暑さに負けないほどの熱戦が繰り広げられる「聖地」と化す。松山市が市制120周年を迎えた2009年、私は聖地でそれを観戦していた。

松山市は文学の街。正岡子規生誕の地、夏目漱石『坊っちゃん』の舞台、隣の銀天街商店街には多数の生徒の俳句、市内各所に作品を投函する「俳句ポスト」、ちょうど大街道を松山城側に抜けると「坂の上の雲ミュージアム」。そうした背景をもった地で「俳句甲子園」が開始された。

「俳句甲子園」は5名1組のチームで行う俳句バトルだ。 互いに俳句を披露しあい、作品を鑑賞しあって勝負する。初々しい高校生たちが真剣に競い合う姿は見ていて気持ちいい。10時過ぎに「プレイボール」すると、一本に伸びる大通りのあちこちで、俳句を詠む男子高生の声、観客の歓声があがる。大街道で行われる年に一度の「祭」だ。しかし、よく見てみると商店街には大会参与者以外にも多くの人々の行き来が見受けられる。2枚の写真は普段の商店街の様子と大会が行われる日を別々に撮影したものではない。「いいものはいいんです!」とディベートで追い込まれた女子高生の必死な叫び声に混じって、両側からは呼び込みをする店員の声が聞こえてくる。熱気がこもる商店街で、靴屋の店員が店先の靴を「クール」に並べ替えている。大会が行われる日も大街道商店街はいつもとかわらず営業しているのだ。立ち止まって観戦する人、自分たちの世界に浸って通り過ぎるカップル、入場も退場もないから、そこに集う人々の動機も態度も一様ではない。普段の生活の場が、「祭」が行われることによって「俳句の場」になるのでは決してない。俳句表現が商店街の「日常」の景色として溶け込んでいる。


 ただし、大街道商店街が舞台となるのは一日目の予選だけであって、決勝戦は「松山市総合コミュニティセンター」へと舞台を移す。大街道に比べると「祭」としての側面ではなく、「コンテスト」としての側面が非常に強くなる。決してそれ自体は否定されるものではないが、やはり観客や店員、パチンコ屋の騒音、車の音、会話、風や差し込む光など商店街という生活の場所に響く「五・七・五」の方が若々しい声と表現には馴染みがいいように思える。そこには、単なる文学(芸術)としての俳句や、解釈としての俳句ではないものが存在している。気負わない芸術としては、私がフィールドとしている「詩のボクシング」と「俳句甲子園」は共通している。「詩」と「俳句」というジャンルは違えど、前者は1997年、後者は1998年という同時期に大会が開始されているのも奇妙なことだ。「俳句」や「詩」を芸術として高めるのではなく、われわれの些細な日常の中に「詩」や「俳句」を発見する。その魅力が「読む場」を生み、「聞く場」を生み出しているのではないだろうか。

撮影・文: 尾添 侑太(関西学院大学社会学研究科)

2011年11月15日火曜日

『エッジの社会学』―第2回研究会報告

『エッジの社会学―ソーシャル・ワイズの探究』―第2回研究会報告

第2回研究会
「災害死者と宗教―スマトラにおける『集団埋葬』の事例から」報告

●日時 
  2011年10月29日(土)16:00-18:00

●場所 
    関西学院大学大阪梅田キャンパス1002号室
    会場地図 → http://bit.ly/9zAzWc

●報告者
木村敏明氏(東北大学文学部准教授)

●出席者による研究会レポート 

短時間ながらの濃密な講義。「専門」への埋没を闇雲に続けていては不可知の存在であったかもしれない偉大な先達との出会い。そして異業種間の人びととの「吞み会」(私は下戸だが)を通じて知る、インドネシアという未知の世界のリアリティの面白さと奥深さ…。梅田からの帰り道、久方ぶりの「充実感」と更なる「探究欲」に満たされていた。大学院GP プログラムが終了して以降、書評誌の編纂作業を進めながらも、まさに「共同研究会」でしか味わえないようなこの瞬間を、私自身、強く求めていたのだと肌で感じられた一日であった……

*報告書の続きはこちら

2011年11月9日水曜日

『メディア・文化のインターセクション研究班』―第2回公開研究会のお知らせ

第二回「メディア・文化のインターセクション」研究会

・日時
11月26日(土)13:30-17:00

・場所
先端社会研究所セミナールーム(関西学院大学上ヶ原キャンパス 社会学部棟3階)
大学までの地図 → http://bit.ly/imKbgS
   キャンマスマップ→ http://bit.ly/cAM66c (「23」番のところ) 


・報告者
溝尻真也氏(愛知淑徳大学専任講師)

・報告タイトル
「 技術からの排除とメディア文化の変容ーーオーディオ趣味の変遷を軸に」

報告要旨:
メディアがメッセージであるとは、具体的にはいかなる事態なのだろうか。
本報告ではオーディオ趣味の歴史的変遷を軸に、音楽というメッセージを
媒介するメディア技術自体が内包していたメッセージと、それを能動的に
読み解き、書き換えてきたユーザーたち=オーディオマニアの営みについて
検討する。その上で、技術のブラックボックス化、すなわちユーザーによる
技術的介入の機会の排除が進む現代から、技術が見えていた時代の人びとと
技術との戯れを逆照射することの意味について、議論することができればと思う。

*本研究会は、関西学院大学先端社会研究所の2011年度第8回定期研究会との共催となります。
*本研究会に関するお問い合わせは、kgu.socgp[at]gmail.com (吹上)までお願いします。

*フライヤーデータはこちら